shanの雑日記

子育ての振り返りから日々の雑感など

「これが自分の顔だから。」~顔面麻痺を受け入れて~終

1週間の入院を経て退院した息子。

点滴治療により免疫力が低下しているとのことで、1週間の自宅療養となりました。

その間私は学校に出向き、息子の今後について担任と話をしました。

顔の左半分は麻痺しており、小学生の子供から見ると明らかに『変な顔』。

その顔を周りにからかわれ、息子が嫌な思いをすることを懸念していました。

今となっては珍しくありませんが、マスクを付けて学校生活を送らせて欲しいと申し出ました。

学校の方も『気にかける対象となる児童』という扱いで、学年を超えて学校全体で注意を払っていただけることになりました。

 

自宅療養が終わり、マスクを付けて学校に行き始めた息子。

同級生は誰一人息子をからかうことはなく、みんな久しぶりに登校した息子をあたたかく迎えてくれたそうです。

しかし、話がどう伝わったのか『顔が変になった子が2年生にいる』との噂を聞きつけた高学年が、教室にやってくることがあったそう。

すると同級生達が団結して追い返してくれたそうです。

「〇〇は僕らが守ったるからな!」

優しい同級生と、息子の事を丁寧に説明して下さったであろう担任の先生には感謝しかありませんでした。

久しぶりの学校の様子を笑顔で話してくれる息子。

もちろんその笑顔も半分だけ。

そんな息子の笑顔を見るたびに胸の辺りがキュッとなりました。

親として、決して表には出さないように心がけました。

 

しばらくして、息子はマスクを付けずに登校しようとしました。

私 「マスクは?」

息子「もういい。だって〇〇はただ病気になっただけ。隠す必要はないよ。ぜんぜん恥ずかしくないし。これが〇〇の顔だから。」

息子はそう言い切りました。

その後も学校では高学年の子達にからかわれることもあったようですが、同級生の支えもあり、動じることもなく隠すこともありませんでした。

 

その後も鏡を見ながらのリハビリを続けました。

けれど、やってもやっても左側はピクリとも動きません。

それでも決して諦めることなく頑張っていました。

発症から約3ヶ月が過ぎた頃。

鏡に向かっていつものように1人でリハビリをしていた息子。

「あ!今、口のあたりがちょっと動いた!」

病気になって以降、初めて自分の意思で自分の左側の顔の筋肉の一部を動かすことができました。

やっと動いた!

私は息子を抱きしめて泣き崩れました。

 

それ以降もリハビリを続けましたが、残念ながら完治とはなりませんでした。

今も口を動かす動作に連動してまぶたが閉じてしまったり、まぶたを閉じた時に口角が勝手にひきつれた動きになってしまったりする『病的共同運動』は残っています。

日常生活において、パッと見では麻痺はわかりませんが、一瞬を切り取った笑顔の写真を撮ると麻痺ははっきりとわかります。

小・中・高の卒業写真の個人写真。

今の時代は「笑って!」と言われるそうです。

息子は笑顔の写真では、麻痺がわかるのを承知で笑っている写真を撮ってもらいます。

友達とのスナップ写真も、ピースをしてニッコリと笑っています。

どれもはっきりと左半分が麻痺しているのがわかります。

けれど息子は

「これが自分の顔だからね。」

年頃となり、息子なりの葛藤もあったかとは思いますが、それらの写真を見て密かに気にするのは親だけ。

本人は堂々としています。

 

ラムゼイハント症候群は昨年、ジャスティン・ビーバーさんも罹患されたそうです。

同じ病気に罹患する方は比較的年配の方が多いと聞きました。

けれど、水疱瘡に罹患したことがある人なら誰でもその可能性はあります。

たとえ7歳の子供でも。

 

ずいぶんと心配しました。

この先、この残ってしまった麻痺によって何らかの不利益を被ることはないだろうか?

けれど、親が過敏になっても仕方がない。

息子自身が周囲の支えと供に自分自身で乗り越え、自分を受け入れました。

 

麻痺がはっきりと残る7歳で

「ぜんぜん恥ずかしくない。これが○○の顔だから。」

と自分を受け入れた息子。

今も笑うと病的共同運動により左目だけは一瞬閉じてしまう、その笑顔。

それでも屈託なく、よく笑う息子の笑顔は素敵な笑顔だとハハは思います。