shanの雑日記

子育ての振り返りから日々の雑感など

かわいいなあ

先日、仕事帰りにスーパーに行きました。

車を降り、入口に向かって歩いていると、手を繋いで歩く4・5才ぐらいの男の子とお母さんの親子が向こうからやって来ました。

すれ違いざまに聞こえた会話。

男の子「ママ、かわいいね!」

ママ 「ありがとう。〇〇もかわいいね!」

男の子「ううん。ママがいっちばんかわいい!」

もう、悶絶級のかわいさ!笑

男の子もお母さんもニッコニコ。

お母さん、たまらなく幸せだろうなあ。

今のその気持ち、大事に心の中にしまっておいてね。

いつか息子さんが小憎たらしくなった時、その蓋を開けてみて。

そしたら何とかやっていけますよ~。

そう声を掛けたい気持ちになりました。

たまたま聞こえた会話から、遠い昔の事を思い出しました。

私にも、今なおずっと心の中にしまってある気持ちがあります。

 

息子は2才になる少し前、公立保育所に通い始めました。

朝、保育所に送っていきます。

通い始めてすぐの頃、ママと離れたくないとギャン泣きしているお友達の横をすり抜け、一目散に家にはないたくさんのおもちゃで遊びたくて、あっという間に教室の中に消えていきました。

完全に、ハハ≪おもちゃ

なんだかなあ…。

ちょっと寂しく思っていると、その気持ちに気付いてくれた保育士さんが、

〇〇君は、お母さんは絶対に迎えに来てくれるって信じてるから安心して遊んでいるんですよ。

と声を掛けてくれました。

いやー。

アイツは絶対におもちゃしか目に入ってないわ…。

そう思いましたが、その保育士さんの言葉を信じることにしました。

 

夕方、息子を迎えに行くと

息子「もうちょっとおもちゃであそんでたかった…。」

と言いながら渋々と教室から出てきました。

やっぱり、おもちゃに負けてるわ…。

早くお迎えに行った方が喜ぶかなあと思い、毎日ダッシュで仕事を終わらせてるのに…。

保育所が楽しい所であることはいい事。

けれど、余りにも不満そうに出てくるので先に買い物を済ませたり、少し残業もしてからお迎えに行くようにしました。

そんなある日の事。

少しだけ残業をして息子を迎えに行きました。

珍しく息子は「ハハ〜!」と言いながらこちらに向かって走ってきました。

私の両脚に抱きつき、顔を見上げて言いました。

息子「ハハ〜!〇〇ね、待ってたよ!」

私の顔を見上げて嬉しそうな顔。

その顔が、何ともかわいくて愛おしくて。

ああ、この子の親になって本当に良かった!

改めてそう思えた瞬間でした。

 

ニッコニコの息子は続けて言いました。

息子「ねえ、もうちょっとお外で遊んでもいい?」

・・・・・・。

その笑顔は作戦か?

ハハの気持ちをもてあそんで!コラッ!!

私「どうぞ。行っといで。」

息子はワーイと園庭に駆け出して行きました…。

 

保育園児の息子にしてやられましたが、この時息子を愛おしく感じた気持ちと私を見上げる満面の笑みを決して忘れることができません。

その後息子が成長するにつれ、ムカつく事も多々ありました。

そんな時はいつも、心の中からこの時の気持ちを引っ張り出しました。

あの時感じた、

この子の親になって本当に良かった!

という気持ちと息子の笑顔を思い出すと、イライラした気持ちがスーッと消えていきました。

離れて暮らす今でも、ふと何らかの拍子に思い出すことがあります。

多分そんな時は意識はしていないけれど、何となく寂しいなあと感じている時なのかもしれません。

この日も幸せそうな親子を見て、あの時の気持ちと笑顔がよみがえりました。

 

今ではすっかり一丁前の事しか言わなくなった、可愛げもどこかに置き忘れてきたような息子が昨夜遅くに動画を送ってきました。

布団圧縮袋に夏用のダウンケットを入れ、端から普段身体のケアに使用しているストレッチポールを転がしながら空気を抜き、見事にペッチャンコにしていました。笑

賢いのか、アホなのか?

その得意気な様子に、1人大笑いしました。笑

こんな動画を送ってくるあたりは、まだまだかわいいなあと思ってしまったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

【今週のお題】納豆の思い出

今週のお題「納豆」。

今はあまり納豆は食べなくなりました。

息子が中高生だった頃は栄養の事を考えてよく納豆を食べていたので、一緒に私も食べていました。

小粒や挽き割り納豆は苦手で、必ず大粒。

黒豆納豆だと、なお良し。(あんまり見かけない。)

お皿に移すと洗い物が大変になるので、必ずパックのままいただきました。

しかも、たくさん混ぜて白くアワアワになるのが無理…。

付いている出汁と辛子をかけるとほんの2・3回、お箸で切るようにしただけでいただきます。

息子は大会前日には必ず納豆を食べていました。

最後まで粘り強く!

の意味を込めた『勝負メシ』として登場しました。

※その辺りの話

shanru.hatenablog.com

 

共通テスト前はもちろんこの『勝負メシ』。

こうなるとほぼ、縁起担ぎですね。笑

 

そんな息子が初めて納豆を食べたのは、離乳食でした。

初めての育児で初めての離乳食。

ものすごく気合いが入っていて、完全手作りをしていました。

当時はネットで調べるのがまだ一般的でなく、何冊か離乳食の本を買いました。

その中にあったのが『納豆お好み焼き』。

細かく切ったキャベツ

挽き割り納豆をパック半分

卵・小麦粉・出汁を少し

以上を混ぜて焼いて出来上がり。

栄養満点だし、手間もないしで完了期の離乳食としてよく作っていました。

多分、出汁の風味が少しと納豆の味しかしなかったはず。

『多分』というのは、1度も味見したことがないから。

いやー。あれを食べる勇気がなかった。笑

自分が味見もできないものを平気で息子に食べさせた、ひどいハハです。

けれど息子は糸を引き引き、パクパクとがっついて食べていました。

離乳食の頃から好き嫌いはなくて何でも食べてくれましたが、『納豆お好み焼き』は明らかに食いつきが違いました。

息子は離乳食を食べる時、手が汚れる感覚がイヤだったみたいで手づかみで食べたことがありません。

一口サイズに切った食パンまで、ご丁寧にフォークで1つずつ刺して口に運んでいました。

そんな息子が『納豆お好み焼き』の時には、フォークで刺すのがもどかしいのか手でつかんで食べようとしたのです。

お願い!これだけは手で食べないで~!

毎回、親子バトルが繰り広げられました。笑

今となっては良い思い出です。

 

そんな納豆ですが、私が1人暮らしを始めてから食べたのは、息子が近くの競技会場で行われる大会に参加するために帰省した時。

この時、久しぶりに『勝負メシ』を作って納豆も添えました。

※その辺りの話

shanru.hatenablog.com

 

息子は今でも普段から納豆はよく食べているそうですが、大会がある度に前日には必ず自分で勝負メシを作って納豆も登場しています。

けれど、目の色を変えて挽き割り納豆のお好み焼きを食べていた息子。

今は必ず大粒納豆を選んでいるそうです。

長年自分の食べられる大粒納豆のみを買い続けた、ハハの影響だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パパの顔とハハの顔

私が1人暮らしを始めて以降、残業や帰宅後に予定がなければパートナーは仕事帰りにやって来ます。

来る時、来ない時の連絡はありません。

日によって来るのか来ないのかわかりません。

向こうは「気にしないで。留守でも構わないよ〜。」と言うけれど…。

仕事帰りに買い物に寄って遅くなると慌てて帰ったり。

通院等の予定が入れば、

「今日は××なので夕方は不在です。」

とメールをしたり。

なぜ、私が慌てたり連絡したりするのよ?

と思わなくはないけれど、向こうも1人の私を気遣っての事だろうし。

その気遣いには感謝しています。

けれど最近、来る頻度が減ってきました。笑

パートナーは最初に飛ばし、後々息切れするタイプ。

まあ、段々と来なくなるだろうなあとは予想していました。

最近は平日で週3回ぐらいかな。

そのうち平日は週1・2回になるだろうと予想しています。笑

 

パートナーがやってくると、お茶をしながら1時間ほどお喋りをします。

私の職場は事務員2人と社長のみ。

もう1人の事務員さんは必要な事しか喋らず、自ら雑談はしないタイプ。

たまにこちらが会話を振ると、ボソッと返してくるぐらい…。

社長とも仕事の話以外に雑談はしないし。

ヘタしたら1日、お客さんか何かの勧誘の電話で話しただけで終わることも…。

そうなると、喋りたい欲求が出てくるのでパートナーが来ると喋りまくります。笑

パートナーも職場の愚痴などをこぼすこともあり。

他ではなかなか愚痴れないそうで。笑

何だかんだと話す事で、お互いに1日のいろんな事を昇華しているのだと思います。

それはそれで大切な時間だと思います。

 

先日の夕方、仕事帰りのパートナーがやって来るなり、

パ「Kに今日、専門職で内定が出たって!」

と報告がありました。

パートナーの娘さんのKちゃんは息子と同じ歳。

専門学校の2年生です。

この春から就職活動を開始していました。

けれど、まず書類選考で落とされていたとのこと。

まず、その専門職の求人自体が少ないのだそうです。

その少ない席を巡って、学歴フィルターというのかやっぱり大学が有利だそうで…。

そんな中で、一般職にも視野を広げてコツコツと就職活動をしていたとパートナーから聞いていました。

パ「Kが納得するなら一般職でもいいとは思ってたけど、わざわざ専門学校に行って自分の得意な事が活かされない仕事は『なんだかなあ…』と思ってた。」

私「そうね。もし〇〇(息子)が医学部卒業して医師にならないとか言い出したら〇〇が決めた事とは言っても、親としては『なんだかなあ…』と思うわ。」

パ「これでウチは2人共思う道に進むことができたし。やれやれよ。」

Kちゃんの兄も小さい頃からの夢を叶え、他県で頑張っています。

 

パ「ああ、ホッとした〜。」

そう話すパートナーの顔は完全に『パパの顔』。

普段の表情とは微妙に何かが違って見えます。

きっと子供の事を想う気持ちが顔に現れているのだと思います。

何とも言えないその柔らかな表情を見ていると、こちらも温かい気持ちになります。

きっと、家では良いパパしてるんだろうなあ。

私「今、ものすごくいい『パパの顔』になってるよ。笑」

パ「shanも〇〇君の話をする時、一瞬で『ハハの顔』になるよ。」

 「この人も、お母さんなんだなあって思う。」

 

お互いに今まで口にすることはありませんでしたが、同じようなことを思っていたようです。

それぞれ離婚して長い年月が経ち、その間お互いにシングルファザー・シングルマザーとして、1人で精一杯全力で各々の子供達と向き合い育ててきました。

私としてはパートナーが子供達にとって『良いパパ』であることが、付き合う中でどこか安心感に繋がっていました。

子供を最優先しないような人は、私にはムリなので。

 

お互いの子供達。

1人は夢が叶い、熱望した特殊な職業に就き、ものすごく大変だけれど充実した日々を送っているそうです。

1人は自分の得意な事を活かすことができる仕事への道が開けました。

もう1人(息子)は夢に向かってスタートラインに立ったばかり。

みんなしっかりと前を見据えて頑張っています。

今後、それぞれ親としての出番は少なくなるのかもしれませんが、子供の話をする時はきっといつまでもお互いに『パパの顔』『ハハの顔』になり、

いい顔してるなあ。

と思うのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランドセルの思い出

朝の通勤時間に、ピカピカで大きなランドセルを背負った1年生を見かけるようになりました。

この辺りでは、どこの小学校も1年生は黄色いランドセルカバーを付けています。

一目で『1年生』だとわかります。

 

この前TVを観ていると、ランドセルのCMが流れました。

あれ?もう4月。

新学期は始まっているのに?

よくよく考えてみると、来年の新1年生に向けてのCMだと理解しました。

1年も前からCMをやって、購入する人なんているの?

そう思って調べてみると、1年前は普通みたいでした。

『ラン活』という言葉もあるとのこと。

息子のランドセルを購入した当時はそんな言葉があったのかな?

 

ランドセルについて、他の記事も読んでみました。

すると最近は子供が年長の4月~6月までに購入している層が多いそうです。

人気の価格帯は4万円台後半~6万円台前半。

中には10万円以上の物もありました。

6年補償や背負いやすさ、カラーバリエーションなども様々。

また、最近では祖父母に買って貰うご家庭が半数以上あるそうです。

入学に向けた準備で出費もかさむし、おじいちゃんおばあちゃんが少しでも手助けしたいという思いで、入学祝として買ってあげるのかもしれません。

そう言えば、姪甥のランドセルは母が購入資金を出していたのを思い出しました。

 

息子が小学校入学前、両親からランドセルの購入資金を出してくれるという話がありましたが、断りました。

どうしても、私自身が貯めたお金で息子のランドセルは購入したかった。

なるべく息子の学校関係での資金面で、甘えることはしたくありませんでした。

『シングルマザーの意地』のようなものかもしれません。

そんな意地を張ったところで、日常生活ではお世話になっているのですが…。

当時、1日6時間の週5日勤務で最低時給のパートでした。

 

入学式を翌月に控えた3月。

間際になると隣町の大型スーパーでセールがありました。

カバン売り場の片隅にあるランドセルコーナーを、息子と一緒に訪れました。

所詮はスーパーなので、それほど種類もありません。

息子は紺色に近い、きれいな青色のランドセルを手にしました。

値段は5万円を超えていました。

ちょっとその値段はしんどくて。

他にも揃えなければならないものはたくさんあります。

その隣にあった、型落ちで3割引になっていた黒色のランドセルを手に取り、

私「この黒いランドセル、かっこいいね!」

 「4月から、かっこいい小学生やもんね!」

そのランドセルを背負った息子に

私「ものすごく、お兄ちゃんに見えるわ!」

3割引のランドセルを背負った息子を褒め、息子を誘導してしまいました。

あの時、つまらない意地を張らずに購入資金を出してもらい、息子の希望した青色のランドセルを買ってあげればよかったのかもしれません。

多分、息子はそんな事は覚えていないと思います。

けれど毎年この時期、1年生のランドセルを見かけると、息子を誘導し、息子が手にしたランドセルを買ってあげることができなかった後悔の気持ちがよみがえり、胸が少し痛みます。

 

6年間、供に過ごすランドセル。

その大きなランドセルいっぱいにこれから経験するたくさんの思い出を詰め込み、楽しい小学校生活が送れることを願っています。

 

迷惑動画の影響からの子育て論議

引っ越しの作業中、昼食はほぼ外食で済ませていました。

1人で作業中は徒歩約3分の所にあるスーパーでお弁当を買い、スーパー内の電子レンジでチンしてお持ち帰り。

部屋に電気は通っているのですが、もったいないので暖房は使用せず。

日当たりの良い部屋の窓際に座り、ひざ掛けをグルグル巻いてモソモソと1人でお弁当を食べていました。

 

パートナーが手伝ってくれた週末。

雨が降って冷え込みがきつく、頼りにしていた日差しもなくフローリングも冷え冷え。

すっかり身体が冷え切ってしまったので、昼食は温かいものを食べに行くことにしました。

私「うどんかそばかラーメンにしよう!」

 「○○に行ってみる?前に久しぶりに食べたいって言ってたし。」

パ「確か20年ぶりぐらいかな?いいね。そうしよう。」

冷え切った身体を温めるべく、昼食はラーメンに決定しました。

 

そのラーメン店は、全国にも数店舗お店を出しているようです。

パートナーは20年ぐらい前に別のお店で1度食べたことがあるそう。

私は昨年に息子が帰省した時、買い物ついでに息子と一緒に来たことがあります。

席に案内され、メニューを広げて注文。

メニューを元の位置に戻そうとした時に違和感がありました。

テーブルの上には、メニューと紙ナプキンしかありません。

前に来たときには、ギョーザのたれやラー油などの調味料、お箸もあったハズ。

隣の席に注文したものが運ばれてくる様子を見ていると、定員さんが注文の品と調味料セットをテーブルの上に置き、プラスチック製のお箸が入った箸箱を手にして

「お箸はこちらからお取り下さい。」

お客さんがセルフで箸箱からお箸を取るスタイルに変わったようです。

 

私「テーブルに置かなくなったみたいね。」

 「あの回転寿司の迷惑動画の影響かな?」

パ「ラーメン店でも割りばしをなめ回して、箸入れに戻す動画もあったし。」

 「今は動画で拡散されてこういう事があったってわかるけど、昔はなかったのかな?」

私「性善説で成り立ってた、ってだけじゃない?」

 

そこから子育てや躾論議のスタート。

親はどこまで責任を負うべきなのか?

○未成年の場合は監督義務あり。

 →親には責任あり

○成人(18才)以上なら全く責任はないのか?

 →そうはいかないでしょ。特に高校生とか。

親のそれまでの教育はどうだったのか?

○ファミレスとか行っても、おしゃべりやスマホに夢中で全く注意しない親あり

 →たまに目を向けて!

○注意したら逆切れするってどうよ?

 →以前、走り回っている子供にやんわり言ったら親に睨まれた経験あり。

○小さい頃はしっかり言い聞かせていても、仲間と『悪ノリ』した可能性

 →そもそも『ノリ』でやって良い事と悪い事の区別の教育は親の役割じゃない?

○小さい頃に躾が厳しすぎて、弾けてしまったパターン?

 →そしたら親はどうすればいいのよ!

 

息子とパートナーの下の子は今年20歳になります。

自分達のそれぞれの子育てを振り返りながら、話しは続きます。

『躾の正解って何なのか?』

パ「ウチは来年には社会人。今まで問題を起こさず、社会にも迷惑かけることなくここまで来れたんだから、それはそれで正解だったと思うことにするわ。」

私「ウチはまだ最低でも後5年は学生なんだけど!まあ後は自分がやってきた事を信じるしかないよね。」

 

結局、正解って?

今まで子育てをしてきた自分自身の信念が、他人や社会に対して間違っていないと信じるだけなように思います。

中には『ウチは子育てに成功した!』と言い切れるご家庭もあるかもしれませんが。

ウチは無理かな…。

子供の成長を見守る中で、『ああ、間違ってはいなかった!』と確認できれば、親としての最低限の役割は果たしてこられたのだと思います。

あとはそれぞれの子供の考え方や性質も関わってくるだろうし…。

 

そんな話しをしていると、テーブルに熱々のラーメンと餃子、調味料セットと箸箱が運ばれてきました。

今までのように易々と、安心して食事をする事が当たり前でなくなってしまった。

という世の中になってしまった事。

なんだかなあ…。

もうこれ以上、残念な世の中にならないで欲しいよね…。

そんなことを言いながら、熱々のラーメンを美味しくいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【現役東大生、褒めて育てられた派が69%】からの振り返り

休日、遅いめの朝食を食べながらTVを観ていました。

番組のコーナーで、現役東大生70人に質問。

『あなたは褒められて育てられた派?叱られて育てられた派?』

その結果が、褒められて育てられた派が69%でした。

『自尊心を高く育てるには子供を褒めて育てましょう』

と聞いたことはあります。

中には、今まで一度も叱られたことがないという女子もいて。

どうやったら一度も叱らずに育てられるんだろうと、疑問に思ったり…。

自分の子育てを振りかえると、

『叱りまくってた派+結果や能力を褒めることを避ける派』

だったと思います。

 

息子が小さい頃は、叱ってばかりだったと思います。

田舎の母子家庭で一人っ子。

わがまま言ったり、ちょっとした事でも

『あそこは母子家庭だから』

と言われることが怖くて。

そればかり考えていました。

実際、保育園でお友達とトラブルになった後、息子が

「Aちゃん、○○がパパいないから遊んだらアカンってママに言われたんやて。」

と言ってきた事があります。

息子が小学生になったばかりの頃、体育で机に置いていたお友達の眼鏡を触っていて壊してしまい、謝罪にお伺いした時に

「お宅はお一人なんでしょ?しっかり教育して下さいね。」

と言われた事もあります。

それもあって、がんじがらめな子育てをしていました。

あれはダメ!これはダメ!

『ダメ!』を連発していました。

そんな頃に知り合ったパートナーに

「ちょっと、ダメって言い過ぎやない?」

と言われました。

パートナーが口出しするということは、よっぽどだったんだと思います。

 

息子は幼少期、段ボールやその辺にあるものでよく工作をしていました。

息子「見て見て!凄いやろー!」

と言ってきた時に

私 「いろいろな物をよく考えて組み合わせたな!」

とは言ったものの

『凄いね!』『上手だね!』

などと褒めた記憶がありません。

自尊心を高く育てるよりも高くなりすぎて天狗にならないようにと、そればかり願っていました。

 

息子の成長と供に、次第に叱りまくることは無くなりました。

かといって褒めることもなく…。

競技で上位入賞した時

「練習してきた甲斐があったね。」

中学受検で合格した時

「勉強と競技の二兎を追えたね。よく努力したと思うよ。」

息子が決して天狗にならないような声かけを捻り出していました。

 

『凄いね!』『上手だね!』を言わずに月日は流れ、息子が中学2年生になった時、

「どうせ○○には無理やから…。」

「○○がやったところで~やから…。」

を連発し出しました。

あー。やっちまった…。

自尊心が低いって、こういうことを言うのかと思いました。

その頃、競技で1位になった事があったので

私 「1位おめでとう!凄いね!」

と言ったら

息子「フン。今さら褒める育児?」

見透かされてしまいました…。

 

褒めるタイミングもわからず、どうしたものかと考えているうちに大学受験も終了。

近所のスーパーや新生活の買い物に息子と一緒に行くと、あちこちで知り合いに会いました。

塾の合格速報の折り込みチラシに息子の写真が掲載された事もあり、進学先を知って下さっている方も多くて。

(私も毎年、そのチラシは知り合いがいないかとガン見しています。笑)

「○○君、おめでとう!医学部やって?凄いなあ!」

と声をかけて頂くこともありました。

すると息子は笑顔で

「はい。ありがとうございます。僕、頑張りました!」

と返事をしていました。

 

ここは日本人特有の「いやいやいや…」と謙遜するところでは?

疑問に思ったので、息子に聞いてみました。

「中3の時、いつも定期試験1位のKが周りに『すげー!』って言われてたんやけど、Kはいつも『俺なんて全然やし。』とか言ってたんよね。そしたらそれを聞いていたSが『お前な!頑張って勉強して1位取ってるんやろ?なんで頑張ってるって言わんの?自分の頑張りを否定するんか?頑張ってるけどお前に勝てないヤツにも失礼やぞ!』ってキレて。それを聞いたときに、Sの言うとおりやと思った。」

「だから○○は、頑張った結果が出た時はちゃんと自分で認めようと思って。」

「僕って凄いやろー、って言うのとは違う。けど頑張ったのは事実やから。」

「それに、謙遜って1つ間違えたら相手に失礼になる可能性もあると思うんよね。」

 

あー。やっちまった…。

と自分の子育てを後悔していましたが、友達のおかげで息子は自分の努力を認めることの大切さを学び、自尊心を高めることができたようです。

親の足りない所をフォローしてくれた息子の友達、ホントありがとう。

 

息子が巣立った後も、知り合いに会えば声をかけられることがあります。

その時は息子を見習って

「ありがとう。○○、良く頑張ったと思うわ。」

と返事をするようにしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人で行進してます?

先日、パートナーと高野山に行った時、今更ながら気がついたことがありました。


私たちはよく歩きます。
別に2人ともウォーキングの趣味があるわけではありません。
ただ、歩くのが苦にならないというだけで、『ウォーキングだ!』と構えると、とたんに面倒くさくなります。


夏場にショッピングモールに行くと、入口近くのサンサンと日光が降り注ぐ駐車場より、遠くても屋根のある日陰の駐車場があればそちらを選びます。
てくてく歩いている間の暑さは我慢できても、帰る時の車内温度が高い方がイヤ。


高速のサービスエリアの駐車場は、トイレや施設に近い所が人気となると思いますが、その争奪戦に巻き込まれてイラッとしたり、人が車の横から出てきてヒヤッとするぐらいなら遠くに停めて歩こか、となります。
雨の場合はちょっと悩みます…。


先日の高野山も、後で計算してみると約6.5キロ程歩いていました。
パートナーが帰宅してからスマホ歩数計をチェックしたところ、約15,600歩だったそうです。
なかなかの距離と歩数でびっくりしました。
翌日、股関節付近に少し違和感がありましたが筋肉痛にはなりませんでした。

2人でてくてくと高野山を歩いている途中、
あれ、何か変だな?
と思うことがありました。
私達はずーっと縦一列歩いていたのです。
まるで2人で行進しているみたい。
常に先頭が私でパートナーは私の後。
2人で並んで歩く、ということは皆無。
周りを見ても皆んな横並びで歩いています。


普段、お買い物に行く時等は横並びで歩いていると思います。
今日はなぜ縦一列で歩いてるのか?
その理由を考えながら歩いていました。
多分、パートナーなら
狭い歩道で向かいからくる人達とすれ違う時、その都度道を譲るために下がるのは面倒。なら縦一列で歩こう。
と思ったのに違いない!


私「あのさ、私ら何でずっと縦一列で歩いてるの?行進してるみたい。笑」
パ「そういえば何でかな?深く考えてなかったけど、狭い所で向かいから来る人をいちいち避けるのが面倒くさいからかな。」
私、大爆笑。
私「しかもこっちが譲る前提なんやね。」
パ「そんなところで張り合ってもな。最初からこれがラクかも。」
確かに、狭い歩道で向かいから来る人達とすれ違う時、どうすれ違おうか一瞬悩んでしまいます。
合理的というか平和主義というか…。


そう言えばお互いの子供達が小さかった頃、一緒にお出かけに行くと3人の子供達はテンションが上がってすぐにワチャワチャとしてしまいました。
私達は2人で、
「こらっ!歩道は広がって歩かない!!」
「前から人が来るから縦一列で歩きなさい!!」
と叫んでいた記憶があります。
その事をパートナーに言うと、
パ「ウチは2人やから、小さい頃はしょっちゅう言ってたよ。」


それで気が付きました。
私「きっと、子供達にずっと言い続けてきたから、無意識で狭い歩道は並ばないようになったんじゃない?」
パ「そうかな?それもあるかもな。」
子供に言い聞かせ続けてきたことが、自分自身への刷り込みになってしまったのかも?と思いました。
親子間の『人の振り見て我が振り直せ』みたいな?


私「それにしても何故、私が常に先頭なわけ?」
パ「それは力関係の現れやな。笑」
いや、それはないハズだと思いたいです。