shanの雑日記

子育ての振り返りから日々の雑感など

アレルギーは怖いよ、という話(前編)

前回のブログで、コロナが騒がれ始めた頃に原因不明のアナフィラキシーショックで死にかけていた、と書きました。

食物アレルギーや日光アレルギーなど様々なアレルギーがあり、それに対するアレルギー反応にも人それぞれに症状の出方は異なり、症状の強弱も異なります。

今回は私が体験したアナフィラキシーショックについて、記録を残しておこうと思います。

 

2020年の2月になったある日の午後、仕事をしていて脇腹の辺りが痒いなあと思い、服をめくって見てみると蕁麻疹が出ていました。

私はもともと食べ物では甲殻類のアレルギーがあります。特にイカは気管浮腫で息ができなくなった経験があったので徹底的に避けていました。

その日のお昼は自分で作った、息子と同じ内容のいつものワンパターン弁当です。

もちろん、自分の食べられないものは何も入れていません。

食べ物以外にも蕁麻疹が出る要因はありますが、特に思い当ることはなく・・・。

なんで、蕁麻疹が出てきたんやろ?

と思いながらとりあえず仕事を終え、病院へ行って薬をもらってきました。

もらってきた薬を飲み終えても、蕁麻疹はますますひどくなってきました。

 

蕁麻疹が出て5日が経過しました。首から下には全身に蕁麻疹が出ていました。

これはちょっとヤバいかもしれん

と何か予感のようなものがありました。

経理の仕事もしているので、近々振り込みの業務がありその日はする予定ではなかったのですが、あわててネットバンキングの期日指定で振り込みを済ませました。

とりあえず私にしかできない仕事は一通り済ませ、定時で帰宅しました。

 

寒気がしたので体温を計ると38度を超えていました。

蕁麻疹が出ていることは初日から母には伝えていたので、家事をお願いして部屋で少し休むことにしました。

夜になって息子が帰宅したので、リビングに降りていこうとしたらフラフラとし、ものすごく脈が速くなっていることに気づきました。

私「これはちょっとマズいかもしれん。」

と母に言うと、母は私の脈をとって

母「これは今すぐに病院へ行って、点滴を打った方がいいわ。」

と言いました。

母は元看護師です。

母が消防署にその日アナフィラキシーの症状を診察できる病院を問い合わせをしたところ、地域の総合病院が対応可能であることがわかりました。

「たぶん点滴に2時間ほどかかるわ。明日マラソン大会やから早く寝ときなよ。」

と息子に言って、母の運転する車で連れて行ってもらいました。

車で10分ほどの距離ですが、その間に全身がガタガタと震えてきました。

 

病院の駐車場につき、歩いて処置室に向かおうとすると医師が迎えにきてくれました。

医師「歩いたらアカンよ。・・・あれ?○○さん?」

と医師は、母の顔を見るなり言いました。

医師「研修医のときに、お母ちゃんには世話になったんよ。」

私 「どうせ母のことやから、厳しかったでしょ?」

と和やかに問診と診察が始まりました。

 

処置用ベッドに横になり、様々なモニターが付けられると医師の表情が変わりました。

医師「普通に歩いてきて普通に喋ってるけど、これは相当やで。血圧○○で心拍数 △△△ってなってるけど、これほんまか?壊れてないか?」

再度モニターを確認し、壊れていないことがわかったようで、

医師「これは久しぶりのほんまもんや!このままやったら心臓止まってしまう!」

その後、医師が怒濤のように医療用語で2人の看護師に次々と指示を出し、看護師はテキパキを通り越して神業かと思えるような迅速な処置をしていきました。

右肘の内側にルートが取られ、見上げると2本の点滴が全開になっていました。

今までに、ポタポタと落ちる点滴は何度も打ったことはありますが、滝のように流れ落ちる点滴は初めてでした。

全身はガタガタと震えていましたが、頭だけはスッキリしていたので

これがほんまもんの医療現場かあ。なかなか緊迫感あるなあ。

とのんきに観察をしていました。

その間も医師はすごい速さでパソコンをたたきながら、看護師に次々と指示を出したかと思うと自ら動いたり私に話しかけたりと慌ただしい様子で、

医師「なんでこの状況で普通に話せるんや?レディ相手にここまで手荒なことしたくなかったけどごめんね。これ入れさせてね。」

と言いながら、側管から数本の注射を打っていました。

手荒な注射って何なん?

と思いましたが、されるがままの状態でした。

 

しばらくして様子が落ち着くと、母が処置室に呼ばれました。

医師「かなり重症なアナフィラキシーショックやわ。残念ながら家へは帰されへん。緊急入院してもらうから。」

母 「こんなん家へ連れて帰るの怖いわ。先生お願いしときます。」

医師「我慢強いのか鈍いのかわからんけど、あと1時間ここへ来るのが遅かったらほんまに死んでたから。連れてきてくれたお母ちゃんに感謝しなよ。」

こうして緊急入院することになりました。

 

点滴を打ってもらって2時間ほどで帰宅するつもりだったので、財布と携帯と保険証しか持ってきていませんでした。

ストレッチャーで病室に運ばれていく間、母に矢継ぎ早に様々なお願いをしました。

まず気になるのは息子のことです。

同居はしているものの、息子の朝食とお弁当は全て私が作っています。また母は息子のスケジュールは全く把握していません。とりあえず朝食とお弁当をお願いし、翌日のスケジュールの話をしました。

次に、翌日に持ってきてもらいたい物をしまっている場所を伝えました。

4ヶ月前に子宮筋腫摘出のために入院していたので、洗顔や化粧水といった細々とした物の入院セットがまだそのまま残っていたのはラッキーでした。

仕事のことは、私にしかできないことは済ませておいたし、次の給料計算までは日があったのでまあ大丈夫。

 

えらいことになったなあ。まさか入院するとは思わなかった。

ストレッチャーで運ばれたので何号室かもわからない個室のベッドの上で、右肘内側の真ん中に太い点滴針が刺さっているので身動きもとれず、呆然と天井を眺めていることしかできませんでした。

 

 

次回に続きます。